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▲2017/12 東京ELECTROCK STAIRS新作vol.16 シアタートラム


▲2018/6 lal banshees 新作vol.2 東京都内
coming soon
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ヨコヤマにっき。
ヨコヤマアヤノのにっきです。fafafa〜。
不香の花 - 日記
長野に向かうバス。
車内が暑い。
もう少しで松本。
最近は電車で帰ることも増えたのでバス久しぶりな気がする。
時間はものすごくかかるけど、ゆっくり目的地に近づいていく感じは好きかもな〜〜と思ったけどたぶん完全に今日だけの心理かも。



年末から怪作を立て続けに観て、いちいち書いておきたい気も薄っすらするのだけど、書いたら手法的なことがほとんどになってしまいそうなので(と言いつつ映画の手法なんて全然知らないのだけれども)やめた。

ただ、映画は絵を切って繋げていくものだなと急に思った。と思ったら妙に感動した。
ワンカット?のとかあるけど、まぁ別に今はその話はどうでも良い。
全然関係ないのだけど(とよく書くけど、わたしの中では関係なくはなくて)、12月頭くらいにたまたま見たゆーみんのデビュー作録音当時の思い出話で、ゆーみんが
良いところだけ切って使っていくのはやめて欲しい、気持ち?(歌?)が繋がらなくなる。
的なことを言っていて共感した。共感と言ってもわたしは歌は歌わないのだけど。

ここ1年くらいだと思うのだけど、そのものの意味内容ではないところで、例えば手法とか作り方とかではっとしてぐっとくることがものすごく多くなった。
がしかし、作家自身の考えることは知らないのでたぶんほとんどわたしの思い込みです。


死ぬってことは本当につくづく不思議だなと思う。
良い大人がこんな言い方しかできないのも恥ずかしいけれど、本当に不思議です。
数分前にいた人が数分後にはいなくなる。
いなくなる?いなくなってるのかもわからないけど、とりあえずこの世にはとりあえずいないということにしたい。何かしらの秩序的に。
それでもふと、何でもない拍子に会いたいな(会えないな)寂しいな(会えないな)と思うということはどういうことなのだろう。

別にこのことだけではなく、あらゆることについつい答えを急いでしまいますけれど、考え続ければ良いことを忘れてしまってはダメですね。
見送って考え続けるという台詞で思い出した。


映画は、というか、ダンスも音楽も絵も詩も、わたしにとってはファンタジーで祈りなのだな。
たぶん。

蕎麦食べたい。

無意識の外へへへ - 日記
先日大きな画面で自分の踊りをみる機会があり粗が見えまくってでかい画面で見るのは良いなと思った(鑑賞としては耐えられない)。

強けりゃいいってもんじゃないし弱けりゃいいってもんじゃないし速けりゃいいってもんでも遅けりゃいいってもんでもなくて難しいのだけど、何年言ってんだという感じですが今年は針の溝を意識しまくって波のように踊りたい。ぐわんぐわんのグルーヴィーに。

2018 - 日記
気付いたら何の振り返りもせずクリスマスも終わって年を越し三が日も終わっていました。
もしかして奇数が好きなのか、偶数年に落ち着けない気持ちがある。
目標や抱負を立てなければな、と思ってはいるものの、思い描くものはあるにはあるけど何となく言葉にして決めたくないのであまりきちっとは掲げないそれがわたしのダメなところだけど、焦らず惑わされず生きれば自ずと形になるのではないかな。
つまり形にしたい、ということなのだけど、6月に久しぶりに自分で作るのでそのことをずっとぼんやり考えている。
ただ今までと少し違うのは、それだけではないということで、公演のいつかの帰りだったと思うけど、ボスがおそらく酔っ払いながらではあるけど「公演は非効率でものすごく時間がかかる。人生の大切な時間までなくなってしまうことだってある。」みたいなことを話しの流れで言ったのを聞いて、本当にその通りなのだけど(そんなことを言うなんてちょっと驚いた)、たぶんダンスの人はそれが普通になってもはや無自覚。わたしも。自覚してる人もいるけど。
全く話は逸れて、昨日深夜に観たドキュメンタリーがとても素敵だったのだけど、生活が中心に来ていて、その前に年末年始にかけて作り手がものすごいものを立て続けに観ていたせいか反対のパワーでものすごくぐらぐらした。
その作り手凄すぎも忘れないように書きたいけど、すごく尊敬する。続けて歳をとらないとできないすごさのものを観た。これ大きくわけた若い世代に痛いほどぶつけられてるなと思ったし薄っすら怒られている気持ちにもなった。
話戻り、物理的に眠すぎてぐらぐらもした(つまらないとかでは全くなく、集中すると眠くなる状態)。
生きていなければ作れないけど、生き方が作り方にもなっていくのだなと思った。
話がまた逸れるけど、家は仏教なのであらゆる形式は仏教のことをするけど、クリスマスもやるし、神社にもお寺にも行く典型的な無宗教に近い日本の家なのだけど、4.5年ほど前からそれに疑問を抱いていて(と言って法事に出ないとか線香をあげないとか手を合わせないとかそういうところまではいかないのだけど)、決まった形式をただ何とはなしに流れ作業的にやるのは嫌だなと思っている。
初詣やお参りは行きますが。

昨日のドキュメンタリーで一番良いなと思ったのは旦那さんが亡くなられて家には仏壇などではなく、ただ写真とお骨とお花が飾られていたことと(それはもしかしたら色んな理由があるのかもしれないけど)「骨は海にまいてもらいましょうね。」「葬儀はやりませんでした。」という言葉だった。


年末年始に観た4本全然違うのだけど、忘れたくないものがしっかり映ってた(ように勝手に思ってる)。
時代の流れとか、それが普通とされていることたちに焦らず惑わされずどう生きるか考えながら生きたい2018年今年もご迷惑おかけしますがどうぞよろしくお願いします。

年始早々重っ苦しい文面だけど、今年は日記もしっかり書いていけたら良いなと思ってます。

冬に(追記) - 日記
東京ELECTROCK STAIRS『Post Post Memories』終わり、あっという間に4日ほど経ってた。
来て下さった方ありがとうございました。
あんなに強いSSを浴びたの初めてかもしれない。
リハーサル期間中に個人的にフィジカルもメンタルもばたばたしあっという間に本番を迎えていた。
本番中もあっという間であまり記憶が残っていない。

全体的には、7月の作品や去年の10月の3人ver.に比べたら体力的に辛くないと思っていたけど、そんなの全く関係なかったように思う。
おそらく体力とか肉体的には落ちていっているのだと思うけど、ボスを見てると年々別の上手さがあがってるので技術の向上は幾つになっても忘れずにやり続けたい。

やけに疲れるなと思っていたらもしかしたら身体に力が入りっぱなしだったのかな。というような12月だった。
いつもだけど、公演期間中はどうしてこんなに世間から取り残される(遮断?)のだろう。
わたしは一切そういう生活のことができなくなるのだけど、吉田くんは本番の日も帰ってお風呂掃除をしていることを知り、別の意味で感心したことは覚えている。
そんな感じで気づけばクリスマスも過ぎ、ど・年末ですが11月くらいに感じていた年末気分はどこへ、、というほど今実感なし。


物語りも好きだけど、言葉というよりかは詩の威力を感じた11-12月だった。
わたしは音楽が好きなので歌詞はよく読んでいたけど、詩はそんなに知らない。
いろいろ読んでみたい。


それとは全く関係なく、気のせいかもしれないけれど、SNSがそういうのに向いているのかは知らないけど創作物の批判批評解説論考の数がものすごく多く感じる(わたしが目にするものの場合)。
それがわたしはあまり好きではない。
例えばそこからどう考えるかとかはあって良いのだけど、でもその議題は仮に誰かの創作物を経由しなくても自分の身の回りや今いる世の中に溢れてるのではないかなと思う(じゃぁ芸術いりませんねと極論になってしまったら違うのだけど)。
そういう話をできる人が周りにいるので良かったなと思う。幾つになっても忘れたくない。
誰かが書いたレビューより誰かその人本人の話が聞きたいし読みたい。
偉そうなことは一切言えないのだけど、写真もいいけど、どうでもいい些細なことの方が何かの批判批評よりよっぽど重要だよと年々思ってる気がする。

言いたいことがまとまらなくなってきた。
ただ向き不向きがあると思うので(自分に集中すると沼まで落ちてしまうんですみたいなのだと良くないし)、一概には言えないのだけど、わたしは超個人的なことがおもしろくて美しいとすら思います。胡散臭い!
(そればかりになったらつまらんという話で、見たり聞いたり読んだりしない、そういう話はしない、という意味では全くもってない。創造の話。)
なんだかよくわからないし本番中のテクニック以外のことはライブでそこで起こってることでしかないので別に書く必要なしと思っているけど、TES千秋楽の最後のM踊っている時に、「あ、わたしだ〜」と思った瞬間が久しぶりにあった気がした。


2日目おわり - 日記
イヤホンを家に忘れたのでやることがない2日目帰りの電車です。
昨日人生で一番悪かったんじゃないかと思う出来(個人)だったので逆に今日始まる前はさらっとした気持ちになっていた。どうだったかは、あまり記憶なし。

こんなに時間をかけてきたのに、あと2回でおしまい。名残惜しいとかはいつもないけど、本当に儚いな一体全体何なんだと思う。
それで思い出したけど、作品踊ってるとダンスって人生の縮図のようだなといつかも思った。人生は言い過ぎだけど、時間は当たり前に過ぎてくのでその感覚なのかな。知らんがな。

あと2回。真っさらになりたい。

潜心 - 日記
なんだかついうっかり?ここでの宣伝を忘れてしまうのだけど、というかここを見てる人はTwitterとかも見てるだろと思っているのでもはやここで宣伝をする意味がないと思っているのだけど、もしかしたらここしか知らない人がいるかもしれない(そんな人はいない)ので宣伝もする。
でなければここのわたしは一体全体何者なんだ(何者でもなかった、、!)

来週12/21より4日間東京ELECTROCK STAIRS新作です。
2011年ぶりのシアタートラム。2011年ぶりと何回も言っているけど、別にだからなんだという感じですが、トラム久しぶりということです。
昨年の12月の作品ダイジェストとnanami ozoneというバンドの曲で撮った映像が公開されました。
よかったら見て下さい、とも思うけど、本音は劇場にお越し下さい。です。
http://www.tokyoelectrock.com/works/vol16/info.html

本番まで1週間きったけれど、まだ全然固めたくない(踊り方の話ですね。今はダンサーなので。行程的には固めてはいるのだけど)どんどん変わりたい。
どんどん変わって真っさらに立てたらいいな。

0か100か、だけじゃなくて0.0007とか68とか、もっと言えば斜め後ろとか意識外とかあるのついうっかり忘れてしまうけど、あるのだからな自分。
もはや尊敬している音楽の人のブログ(ひっそりと書かれているのに的を得まくってる)に、惑わされず、ゆったりしっかりと自分で考えていいのだよというような文章を読んでそうだったなと思った。実際書いてあることは全然違うのだけど。泣いちゃいそうになった(泣かないが)。

さて、本番まで何を思って何を感じるでしょうかね。

Toivon tuolla puolen - 日記
寝る直前に読んだものの中に、どうせ落ちるなら高いところからの方がいい。というようなことが書かれていて、いや全く本当にその通りですありがとうございますと思った昨晩。
初めて観たやつのときからずっと考えていたのだけど、形容し難い、何だろうなこの感じ、と思っていたけど、作品というか作家としてかっこいいんだな。とついさっき思った。
と思ってから言葉が少なかったり無表情だったりが少し自分の中で繋がった。
でもそんなこと本人しかわからないことなので、いろいろ読んでみたいし観てみたい人に急になった昨晩。
(翻訳とか予告とか邦題とか、何の脚色もなしに作家の言葉が聞きたいな観たいなと思った時に英語や外国語ができたらなとすごく強く思う。勉強すれば良いのだけど。)

色がべらぼうにきれいでどきどきしてしまった。
何だろうな。まだよく知らないからわからない(知りたい)な。



きえなりん - 日記
全然12月の実感がわかない。
書くより寝たいけれど、頑張って書く週間。

今日は集中して覚えたのですんなり入っていった(いつもしてます)。
が、集中すればするほど生活力がマイナスになり物をなくすというスパイラルにいまだ抜け出せていなかった。

イヤホン断線によりiPhone純正を使っていたけれど、さすがに飽きたのでいい加減買いに行きたい。
踊っててすっぽ抜ける。


不思議さ。

よや - 日記
2017年はスタートからすごい早さだったけれど今が一番早くて長い。
早く感じるときは長い記憶になるというよくわからない体感。

日々稽古です。
この作品の稽古始まりから今までにコンテスト2つ出てたことになる。
それを抜きに考えてもなんか去年のや夏のと感じと違うなと思ったら、去年や夏のはその前に作って踊っていたものを引き伸ばしていたので、ソロとかも本公演前に何回も踊っていた。
今回長尺フル真っさらな新品なのでそのせいか。

昨日2011年シアタートラムでの届けて、かいぶつくんのダイジェストを観た。
自分死ぬほど下手くそで目を背けたくなる。
かいぶつくんを観に来たaokidくんのお客さんがわたしのことを絵に描いてくれていた(展示に飾ってくれていた)とのことで写メを送ってもらって嬉しかった。
写真いまは見つけられなかった。

その続きを書こうと思っていたのだけど、吐きそうなほど眠いのでここで終わり。
誰も見てなかったけど逆立ちが2秒止まれた。


1203 - 日記
ひとまず一区切り。
と言いつつリハーサル期間中なのです。
見たこともないような踊り方で、聞いたこともないような音楽を奏でたい
だから