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ヨコヤマにっき。
ヨコヤマアヤノのにっきです。fafafa〜。
20200402 - 日記
昨日のことだけど、自分の仕事の行方を勤務先より先にSNSから知るこの世。
その後、先生より決定の連絡をいただく。

オンライン英会話で好きな先生が全く予約できなくなってしまった。
単に辞めたのか、働けないのか、どういう状況なのか全くわからない。

政治に怒りすぎて、マスクの件はいらないとしか思わなかった。
ああいうマスクの子って小学校の給食当番の男の子に一人はいたなぁ。

長野から米をもらった。
走りに行けなかったので、家の中でできることをやってみた。

とにかくかかって欲しくない。

20200331 - 日記

いつか振り返ることがあったとしたら、現在の世の中の状況は他の正しい情報を遡ってください。

 

ちょうど本番も入っていなかった時期なのでダンス関係は大きくは自分には影響がない。

それもどうかと思うけれど。

大体スロースターターなので、さて今後自分がどうやっていくか、と本番終わって考える時期に、ぱたぱたとこういう感じになって来て、ただでさえ曖昧な考えが更に曖昧になっていく。

そろそろこういうやり方変えていかなければなぁと思っていたところ。

見通しがつかない。

でも、逆にいうと仕組みなどの良くないところなどもあぶり出されて来ていて、どうしたらいいか簡単な話ではないのだけれど、今後大事にすべきこともわかったりしている。

わからないことも多い。

 

仕事に大きな影響は出てないとはいえ、できないことも多い。

近所の稽古場がクローズしているので外か家でしか動けない。

日中の外はキッズが多いので気が引ける。

自由に使える稽古場=自宅の必要性をますます強く感じている。

 

6月のフランス行きは全く連絡が来ないため延期か中止かもわからない。

というかそれどころじゃないのかなぁと思う。フランスはどうなのか。

 

逆立ちできないのは腕力のなさなのかもしれないと思い、腕立てを人生で初めて続けている。

インスタグラマーヨガラー(ヨガラーなんて呼び方はたぶんない)がやっている腕立てを真似しているのだけど、かなり厳しい。

インスタグラマーをなめたらいけないと思った。

全世界のアスリート、ダンサーたちは稽古場どうしているのだろうか。

 

晩御飯を作りながら、アルコールを飲んでいた。

Tame Impalaの新譜をスピーカーから流しながら料理していたので、良い曲で踊ってみた。

アルコール片手に持って、こぼれないように踊るのってクラブとかライブハウスでは普通だけど、結構難しい。

缶だったらこぼれないけれど。

これだけみんな無料で公開しているとニューリリースの人たちが心配になったけど、そもそもサブスクのこの時代関係ないのではという話しに至った。

昔のフィジカルと同価値になるフィジカル版を今出すのかっこいいなと思いました。ボアズ。

舞台動画もだけど、お金とってくださいむしろ、、、と思う。


不条理なことがやまほどある - 日記
常々この国はなんなんだ、狂ってるだろと思っているので、こういう状況になったときに出される対策について、でしょうよとか今更?という呆れと怒りしか出てこない。

教えている高校の最後の授業日。
本来なら3月に成果発表として全校生徒&親の前での発表があって単位取得となる授業なのだけど、今日で授業は強制終了。
先生たちも昨日授業時間の変更を決めたばかりのところに休校のニュースがきたらしく大変そう。
先生たちと総理何言っちゃてるの?という話。
生徒たちは残念そうに、コロナが悪いと言う話をしていた。
それはそうなのかもしれないけれど、それは違うよ、この国を動かしている人の判断で今のあなたたち、学校はこういう状況なのだよ。と珍しく言った。

いろんな中止やいろいろでどこもかしこも経済も健康も心配ではあるものの、半年間そのために頑張ってきた生徒たちに踊らせてあげたかったなと、今日急遽講座内のみでやったパフォーマンスを見ながら考えていた。

仕方がない、とよく言う大人が小さい頃死ぬほど嫌いだった。
仕方がない、と思うことはたくさん起こると大人になって気づいた。
でも、仕方がないことをどうにか別の角度やどうにか考えるのが大人の役割なのでは。


中止してくださーい!
って言ってそれらを支えられる案がないのがまじで無責任な国だなと思う。

本当にこの国はいつからこうなってしまったのか。
それともずっとこうだったのか。

ダサい。

自我統合(追記) - 日記

文章にしっかり残したいという気持ちが強すぎて、どこに書こうか迷っているうちに2年くらい経っていた。

2年は言い過ぎたけど、noteかこのブログか手書きの日記か、うだうだしていた。

手書きは読み返さないということと、完全にプライベートな空間なので伝えようとする意志が希薄すぎるのか、整理して書かれていない文章の羅列になってしまうため、ある程度の目はやっぱり必要、ということで結局ここでいいやという最近です。

どこだっていい。書き残すことが大事。

と思ったのは、何があった、何をした、ということを事細かく覚えていたいのではなく(写真やスケジュール帳で補える)、

この季節にどう考えてどう想っていて感じていたか、そういうことをこんな文章でも書いていた時の方が覚えている気がしたから。

そして、見た映画をリストにしておくアプリを使っていて、感想を書く欄があり、わたしはメモがわりなので感想は書かないに等しいのだけど、一昨日くらいに見た映画のことを書こうとしたらあまりにも書けなくて愕然としたため。

 

昨昨年末から昨年3月まで怒涛の生活で、でももっと言うと心的には昨昨昨年秋終わりからいろんなことが重なり(もっと言うとそんなのずっと続いていてその連続なのだが)、

落ち着かないまま心的にも物質的にもたくさんのことが起き(生きていれば当たり前、、、)

昨年3月に苗字も住所も変わり、「と言っても何も変わらないだろ実際〜」と思っている自分に反して3月に怒涛の本番ラッシュなど終わって4,5月とようやく正気が戻ってきたときには特に生活自体は変わっていないはずなのに「あれ?なんか情緒が不安定だな?」となったり、世の中政治的にも自然界的にもひっちゃかめっちゃかでそんなニュースのせいなのか、気候のせいなのかわからないけれど情緒がとにかく不安定だった。

意外と自分は繊細なのだなぁなどと思った。

あと、低気圧で頭痛くなるとか信じられないと思っていたけど、まんまと自分はそのタイプらしいことが発覚。

 

 

書いていなかった分のこと書ききれないほどあるけれど、それは書かない。

経てなお今現在思っていることを大切にしたい。

 

今年は、という言い方は気が重いので、今はなるべく書いたり読んだりしたい。

そしていろんな人と会っていろんな人の考えを聞きたい。

 

-

インドの女の子が登場する小説を読んでからカースト制のことがずっと気になっていたけれど、昨年末に新婚旅行でモロッコに行きイスラム教の人たちを身近で見て以降、何にも知らないに等しいけれど、知りたい気持ちが強い。

自分が信仰するという意味ではなく宗教について興味が湧くようになった。

はっきりと2014年あたりから。

 

プライベート旅行に慣れてなさすぎてどうすればいいのだっけ?と思うことがありそれも新鮮。

新婚旅行にいく人生になると思っていなかった。

新婚旅行って言っても自分たちで手配するのでただの旅行じゃんと思った。

もし、入籍後初めて行く旅行のことを指すなら、入籍3日後、1人でタイに行った。

ダンスではない、ひとり旅久しぶりだった。

 

10月の名古屋での再演の翌日のトークで「なぜ女性ダンサーだけなのか」という質問を受け、答えながら考えていたら自分はこんなことを思っているのだなとぼんやりわかっていなかったことがわかった気がして、東京に帰ってきて見た北欧(だった気がする)の映画ではっきりとわかったことがあった。

- あと千葉さんの「デットライン」を読んで。-

名古屋関係で忘れたくないのは、渡邊くんとマネージャーであるぎぼさんと会えたこと。

渡邊くんは2011年NY、2016年TOYOTAと一緒になっていて軽く話したことはあったけれどやっとしっかり話せた。

ぎぼさんに作品英語テキストを添削してもらっているときに、日本語をこう言い換えることができる(そうすると訳しやすくなる)ということや、作品のテキストの話、テキストの突っ込んだことを聞かれたり話したりして、そこに渡辺くんもいたことから人によって言い方が全然変わる、捉え方も変わる、自分で書いたテキストのはずなのに言い回しを変えるだけでこんなにも変わる、とことが目から鱗でとても楽しかった。

また会いたい。

同世代の、良い出会いだった。

 

今は2月のコンペの作品に取り組んでいる。

作品の振りを置いておいて普通にHIPHOP踊ったらすごく楽しかった最近。

今日初めて使った稽古場が綺麗で嬉しかった。

徒歩5分のところでなくて15分はかかるけれど。

 

そんな感じで日記再開です。

世田谷の職場の方の帰り道、沈丁花が香った気がした。

家の近所の沈丁花も蕾が付いていた。

好きなので嬉しい。一瞬だけれど。

 

 

 

 


忘れていけ - 日記
8月は横浜と兵庫でTES本番だった。
兵庫では何億年ぶりかに裸足でしっかり踊った。

兵庫の阪急線に乗りながら劇場に向かう時、有名無名問わずとにかく自分が知らない土地にいることが好きなことに気づく。
知らないものを見たい、というわけではなく、自分の生活とは違う生活が必ずあるということが実感しやすいからな気がする。
知らないものも見たいけれど。
久しぶりの関西は空気感が関東じゃなかった。
当たり前か。


昔のこと、海外のこと、ではなくなっていて、こんなにたくさんの人がこの意見なのにどうしてと思うけれど、それよりも多くの人間が反対側にいることを忘れがち。あと、二極化できないことはどうするのだろう。

約一週間ニュースやネットあまり見ず劇場にいて、帰って来て、舞台ってやっぱり特別、で、非現実、だと思った。現実なのだが。


信じられない悲しいニュースを読んで落ち込むということがない日がない。
信じられないことが当たり前に起きている現代。

新潮を読んでいる。

最近のメモ - 日記
ニュースは基本的にはネットが中心なのだけど、マイノリティって自分が思っている以上にマイノリティで、マジョリティや普通とされてきたことって思っている以上に無意識で根深くて恐いなぁと思っているここ数日、落ち込むというより悶々とするニュースが多い。

力によって作られるものだけにならないでいてほしい。

こんな時代だからか、どうかはわからないけれど、その人の芯から湧き出てきたものだけ見たい。


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そもそも普段美術館など行かないだろ、というところでまず引っかかっているので内容うんぬんまで辿りつかない。


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今生きているのは生き残った人がいるから存在しているのだよなという当たり前のことを思った。


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実家にお盆のお線香をあげに帰った。
子どもの頃、白樺を焚くのが好きだった。


ちゃんと日記を書くように取り戻したいけれど、暑さと世のぐわっとした感じで書ける気持ちゼロ。


今は稽古中です。

不思議な○○たち - 日記
ここ数ヶ月の全然書いていなかった期間のメモ的に残っていたものたちの集約。
順不同。


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この前見に行った映画、格言だらけの中で「過去には逆らえないのよ」と言っているシーンと、「みんな相手には変わって欲しくないのよ」と言っているシーンがあり、過去は夢と同じ!という位置づけのわたしからするとナイフでグサグサ刺されまくった。
というよりわたしは自分が変わりたくないのだよね、わがままだから。
でも常に新しくというか新鮮に最新でいたいのですよね。わがままだから。
と思った。
今日割引チケットをくれた子とその映画の話をして、好きじゃないのだけど残るという話だけをしてきた。

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今日はいろいろ思った。
誰がなんと言おうと、ということと、拡声器(マイク)なんて通さないとかいうこととか、自分が何を愛して何をしたいのか。
気付いていたようで気付いていなかったことに最近気が付いた気がした。

何もないではなく、それしかなかったのだなと今更思った。
それが今でも好きで良かった。いや、良かったかどうかはまだわからないけれど。
全然助けてくれたりはしないけれど絶対的な大きさでそこにある。
というかただあるだけ。
というようなことを地元に似た景色を思いながら思った。
好きなように好きなことをして生きていきたい。
いや、ただ風に吹かれて穏やかに生きたい。
つまらなくなるのではなく、瞳の奥に炎が宿っていれば良いという文章。

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過去はクソ。
でもそれは他人それぞれ、わたしの話である。
変わりたくない、わがままだから。
でも常に新鮮な気持ちでいたい、わがままだから。


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過去はクソと言っているギタリストとラッパーがいて過去はクソ、今が最新で最高でいられますように。
わがままだから。


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すぐ忘れていく。
考えていたこと、考えていること、あっという間に忘れていく。


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再演のお誘いを頂いた。
当時を思い返すと2年ちょっとしか経っていないのに、いろんなことがすごく変わった。
イメージしていた場所もきっとすごく変わっていると思うので行く必要がある気がする。
思い返すことは少ない、写真も滅多に見返さない、でも残ってる古い記憶は多い方だと思う。


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珍しく海外ドラマを見た。
ほぼ一気見した。疲弊。
ずっと遊んでいた子たちが大人になっていき関係が変わっていくシーンで、わたしは何かを思い出すとき子どものままでいたいというような気持ちに結局たどり着くので、一人の、子どものままで遊ぼうとしている子に共感したというよりかはその情景が、情景というには語弊があるけれど、寂しいと思った。
たくさん友だちと遊ぶ方では全くないけれど、周りがどんどん変わっていくのが嬉しいのと寂しい。

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現代に始まったことではないかもしれないけれど、内容より評価に流されすぎじゃないか、現代。
〜〜が賞賛、〜〜受賞、〜〜の推薦、〜〜と一緒にやっている、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
わたしが言うと負け惜しみに聞こえるけれど、どこのジャンルも、仕事も、こんなことばかり聞こえたり見えたりする。
本質!本質!本質!ではないみたいです、先生。
そんなことにもやもやしていた時に、ちょうど本番だったので逆に邪念などほぼなく踊れた。と思う。良かった。
そんなようなことを思った日に「パッケージ化されたものしか反応しない人たち」という文章を帰りに見て、うまい表現だと思った。
だいぶ昔に会っていた人に何年か振りに会うと脳がバグる。しかもその人は19.20のわたししか知らないわけで。

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聞いてる時に(特にイヤホンで)、風景がぐわっと広がるような音楽が好き。
ギターは歪んでいて欲しい。
音は大きければ大きいほど良い(爆音浴びたい足りない)


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書き残すことが重要な気がしている。


10年後今です(追記) - 日記
好きな作家が文章(文字)で書き残せることが人間だ、と書いていたことと、最近聞いた民族の話で、書き残さないで言葉で伝えてるものこそ人間だ、という話を思い出しながら、どちらかなぁと思ったりしている暇な一応人間です。

今日はマイボスKENTARO!!さんが学生に振り付ける企画を観に行った。
わたしはその企画の10年前にKENTARO!!さんに出会い、作品に出させて頂いた。
学生さんたちが踊るのを観ながら、いろんなことを思い、自分では考えたことなかった10年を少し想ったりした。
大袈裟かもしれないな〜と思うし、自分は本当に直感と流れにしか身を任せてないのだな〜と思ったけれど、けれど間違いなく10年前にKENTARO!!さんの作品に選んでもらったことはターニングポイントだったしそこから先、東京ELECTROCK STAIRSのダンサーとしてこの10年を過すことになる最初の作品の10年後なのだなと思いながら観てた。
10年、世の女の子たちみたいなことはなかったと思うけどその分浮世離れした数えきれないことがあったな。そしていろんな国や場所に連れてってもらったな。

いまの学生はみんな上手だな〜わたしはHIPHOPのヒの字もなかった〜とか思ったけど、何より、ダンスを踊る自分がつまらなくなっていたときに出会ったダンスを楽しく踊れる振付家だったことを思ったりした。

そんな気持ちの良い温度の5月の夜だった。
別に大きな公演やるとか決めてないけれど作ったり踊ったりする。
それが自分だなと思った。

この前、土手を走っていて、夕暮れと製菓工場の砂糖の甘ったるい匂いが相まって、そういうことだよと思った。
そういうことです。


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すっかり酒が抜けた翌日です。
10年前の作品の最後の曲を聴いたらぐっときすぎたので家に帰ったら作品のDVD10年ぶりに見ようかと一瞬考えたけれど、下手くそすぎて見るに耐えなそうだなと思いやめた。
チャットモンチー「やさしさ」でした。

0425 雲 - 日記
バンドを組むとしたら「沼」という
バンド名にしたい(組まないが)。


日本恥ずかしいなと思うニュースが多いですね。昔からなのでしょうか。

反転問題(今更)ですが、動画を反転するアプリがあり、スローにもなるので振り起しの時などでお世話になるのだけど反転機能は良くないと思っているので使わない。
確認程度なら良いけど最後まで見続けると動きが反転しているので違和感がある。
全然違うやん!と思ってしまう。
実際違うのだと思うのだけど根拠が説明できそうにありまてん。
そういえば、目の中では見たもの反転してて脳で元に戻してるのだっけ?小学校の理科、と思ったけど、上下も逆さまになるのでしたっけ。
目で見て脳で動いてるのだな身体、と思った反転問題ほぼ関係ないが。
新札のフォントダサいなぁ〜仮なのかなぁ〜と思ったのでこれを機にキャッシュレス目指そうと思ったけど、我があいほんにはその機能が対応しておらず早くも挫折。

道でジャスミンの香りがする。
ちょっと暑くなるのが早かったり寒かったりしている。
円城塔の小説初めて読んでいるけどjavaなどの話がよく出てくる。
なので読んでいてざわざわする。

アンチwordpressだったけどwordpress案件があり、いじっていてわかったけど、すごく簡単、故にみんな同じになるわけだなぁと思った。
でも確かに便利で、写真などの所謂内容以外でシステムや構造のところのオリジナリティを求めていないのかも現代インターネット、と感じた。
みんなとっくに気づいているのかも、、。
しかしここまでできるのにどうしてここはできないんやという細かいところが結局できなくて(故にみんな同じに見える物が増える)ソースをいじらせてくれと結局思っていじってしまうからwordpressの利点を活かせていないかもしれない自分。


Google mapをはじめ、無宗教の自分にはある意味Googleが神(失礼な話かもしれないけど人間以外の頼り・救いになるという意)なのではと思った。
然し乍らインターネットの波に乗らない脇道路地裏のぞくぞくが好きだということを再発見している春だったので、その様に自分にもできたらと思う。
どうやろうか。


Apple music新譜聴けすぎちゃって有り難みが薄い。
恐い。
これが映画だったらと思うとますます恐い。



おばあちゃんなので、Bluetoothのイヤホンだけは嫌なのです。

凪ぎる - 日記
気付いたら最後の更新から一歳年とっているし、年も明け、本番もいくつか終わっていた。
非公開にしているメモのような日記を以前は書いていたけれど、この期間は全くもってゼロ。何も書いていない。
昨年秋から3月中頃まであっ!というまに過ぎた。
11月はTESでマルタに行き、12-1月怒涛の稽古&創作ラッシュ(私生活記憶なし)、1から2月にかけてlal bansheesの新作とソロ新作、すぐにTESでアデレード、戻ってきてTES富山、帰ってきて残務処理やら精算やらいろいろ、毎年ちゃんと確定できてるか不明申告、そして今。
って書くとみんなやってることだな。

行きたいところへ行き、たくさんの景色やものを見て、やりたいことをやりたい、というすーぱー子どもじみたことをずっと思ってる。
次のことなど焦らず考えたい。


久しぶりに図書館で本借りてきたけど全部短編で、短編ってあまりのめり込めないなと思った(今文章にのめり込みたい)。
もう一冊は軽くしか読んだことのない歌人の本。
詩が読みたくて借りたつもりだったのに歌人だったことを読み始めてから思い出した。
何かダンス観に行きたい。

わたしは花粉症ではないので、春、良いです。

いろんなことをすぐ忘れていくので、別に読み返さないけれど書き残すのは大切だなぁ、というか、残らなくてもいいのだけど文章や言葉は面白いなと思う。


みんなが良いと言うものを自分が嫌いだったりしたときにわたしも良いと思いたいな〜(思いたいというかズレてるのか?)という寂しさみたいなものがあったけれど、今は別にそうでもないなと思った。
そして否定もない。
なんでこれ書いたんだ?

最近、ある種の映画や、行った場所などの歴史などが気になるようになり、行った場所のことは軽くだけど調べるようになった。忘れるけれど。


今年は音楽を久しぶりに掘りたいです(変なのじゃないやつ)。