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ヨコヤマにっき。
ヨコヤマアヤノのにっきです。fafafa〜。
20200415 - 日記
両サイド同じ動きをしたはずなのに左だけ筋肉痛。
昨日すずはるちゃんゆちゃんほのかちゃんとオンライン身内ws会。
超絶久しぶりに話した気がした。
もともと普通に練習しようと約束していた日だったので試しにオンラインでやってみた。
口内炎+仕事と家族以外で話すのが久しぶりで話し方が変になってきている。
みんな元気そうで一安心。


別に今に始まったことではない気がするけれど、もはや日にちの感覚がなく、スケジュール書いてあるにも関わらず日にちを間違える凡ミスを繰り返している。
走る方が感染率が上がると言われてしまうと、なかなか走れない(人が多い)。
今週は走りに出たい。というか、家から出たい。


近所の方にお願いされてたまに開催していたストレッチクラスをオンラインで始めて、喋る回数が増えたおかげか、それとも家にいるのに慣れたせいか、どちらかわからないけれど、先週みたいな元気のなさではなくなった。
長期戦になるならなるでいろいろ変えていかなければなと思う。


本も全く読む気持ちにならなかったけれど、読みたいなとようやくうっすら思い始めた。
昔は順応めちゃくちゃ早いと自負していたけれど、全然早くないなと思い直した。
思っていた以上に日記書かないとこの生活はするする過ぎてしまいそう。

20200411 - 日記
仕事が地味な減り方をしている。
6月のフランスは無理そうだなとようやく思った。
まだ言うか、という感じだけれど、連絡がなく、それどころじゃないのだろうなぁ。
オンライン英会話の好きな先生と連絡が取れなくなっていて心配していたのだけど、週末連絡が来て安心した。
ちょうど連絡が取れなくなったあたりで東京も緊急事態宣言出す出さないのあたりだったので、気持ちが落ち込み、過剰(ではないと思う)にあらゆらることが心配になっていた。
少しずつ慣れていくのだろうか。いつかみたいに。
良いのか、悪いのか。

自分のご飯は嫌いではないけれど、ずっと自炊だと心が死ぬ(美味しいものが好きなので)。

平日の仕事の日のお昼、1日だけベランダで食べてみた。
長く続くそうなので、こういう些細なところを楽しんでいかないと身が持たない。
既に気は滅入っているような感じはあるものの、今日テイクアウト始めたお店のデリ買って外で食べたらはちゃめちゃに美味しかった。
料理も美味しかったけれど、野菜がとびきりだった。
美味しい野菜ってすごい。
スーパーで買う野菜は野菜の味がしない。

家では滅多に呑まない人間だったのに、コンペ終わってからほぼ毎日少量ではあるけれど呑んでる気がする。
さて次、という切り替えの前だった。


美術館の経営・運営は何故そこまで取り沙汰されていないのだろう。

自分は窮地に立たされていないので、日常はそこまで変わっていない。
ずっと家にいる。
稽古場が使えない。
土手は人が増えて気が引ける。
NDTダンサーの家が尽く広くて、関東圏に住む意味というかもはや日本に住むことについての疑問に拍車がかかる。


夜、延期になった27回忌の代わりにお墓参りだけ行った両親が立ち寄ってくれて、生蕎麦などもらった。
元気そうで良かった。

20200410 - 日記
どうも想像力が欠落してるのかなぁと思うことが多い。
自分もだろう。



今日、大林宣彦監督が死んだ。

人はいつか死ぬらしい。
死の概念も生の概念も宗教によって違う。
概念?
弔い方も喪の作業も。



生きていた人が死ぬことについて悲しく思うことはあると思うけれど、既に死んでいる状態で知った人の死に対して悲しいと思うことは滅多にない。
でも、その人が作ったとびきりのものに触れてそういう気持ちになったことがある。
そもそも必要とか不必要とか関係ない。


生温い生き方してんじゃねぇよって怒られた気がした。




20200402 - 日記
昨日のことだけど、自分の仕事の行方を勤務先より先にSNSから知るこの世。
その後、先生より決定の連絡をいただく。

オンライン英会話で好きな先生が全く予約できなくなってしまった。
単に辞めたのか、働けないのか、どういう状況なのか全くわからない。

政治に怒りすぎて、マスクの件はいらないとしか思わなかった。
ああいうマスクの子って小学校の給食当番の男の子に一人はいたなぁ。

長野から米をもらった。
走りに行けなかったので、家の中でできることをやってみた。

とにかくかかって欲しくない。

20200331 - 日記

いつか振り返ることがあったとしたら、現在の世の中の状況は他の正しい情報を遡ってください。

 

ちょうど本番も入っていなかった時期なのでダンス関係は大きくは自分には影響がない。

それもどうかと思うけれど。

大体スロースターターなので、さて今後自分がどうやっていくか、と本番終わって考える時期に、ぱたぱたとこういう感じになって来て、ただでさえ曖昧な考えが更に曖昧になっていく。

そろそろこういうやり方変えていかなければなぁと思っていたところ。

見通しがつかない。

でも、逆にいうと仕組みなどの良くないところなどもあぶり出されて来ていて、どうしたらいいか簡単な話ではないのだけれど、今後大事にすべきこともわかったりしている。

わからないことも多い。

 

仕事に大きな影響は出てないとはいえ、できないことも多い。

近所の稽古場がクローズしているので外か家でしか動けない。

日中の外はキッズが多いので気が引ける。

自由に使える稽古場=自宅の必要性をますます強く感じている。

 

6月のフランス行きは全く連絡が来ないため延期か中止かもわからない。

というかそれどころじゃないのかなぁと思う。フランスはどうなのか。

 

逆立ちできないのは腕力のなさなのかもしれないと思い、腕立てを人生で初めて続けている。

インスタグラマーヨガラー(ヨガラーなんて呼び方はたぶんない)がやっている腕立てを真似しているのだけど、かなり厳しい。

インスタグラマーをなめたらいけないと思った。

全世界のアスリート、ダンサーたちは稽古場どうしているのだろうか。

 

晩御飯を作りながら、アルコールを飲んでいた。

Tame Impalaの新譜をスピーカーから流しながら料理していたので、良い曲で踊ってみた。

アルコール片手に持って、こぼれないように踊るのってクラブとかライブハウスでは普通だけど、結構難しい。

缶だったらこぼれないけれど。

これだけみんな無料で公開しているとニューリリースの人たちが心配になったけど、そもそもサブスクのこの時代関係ないのではという話しに至った。

昔のフィジカルと同価値になるフィジカル版を今出すのかっこいいなと思いました。ボアズ。

舞台動画もだけど、お金とってくださいむしろ、、、と思う。


不条理なことがやまほどある - 日記
常々この国はなんなんだ、狂ってるだろと思っているので、こういう状況になったときに出される対策について、でしょうよとか今更?という呆れと怒りしか出てこない。

教えている高校の最後の授業日。
本来なら3月に成果発表として全校生徒&親の前での発表があって単位取得となる授業なのだけど、今日で授業は強制終了。
先生たちも昨日授業時間の変更を決めたばかりのところに休校のニュースがきたらしく大変そう。
先生たちと総理何言っちゃてるの?という話。
生徒たちは残念そうに、コロナが悪いと言う話をしていた。
それはそうなのかもしれないけれど、それは違うよ、この国を動かしている人の判断で今のあなたたち、学校はこういう状況なのだよ。と珍しく言った。

いろんな中止やいろいろでどこもかしこも経済も健康も心配ではあるものの、半年間そのために頑張ってきた生徒たちに踊らせてあげたかったなと、今日急遽講座内のみでやったパフォーマンスを見ながら考えていた。

仕方がない、とよく言う大人が小さい頃死ぬほど嫌いだった。
仕方がない、と思うことはたくさん起こると大人になって気づいた。
でも、仕方がないことをどうにか別の角度やどうにか考えるのが大人の役割なのでは。


中止してくださーい!
って言ってそれらを支えられる案がないのがまじで無責任な国だなと思う。

本当にこの国はいつからこうなってしまったのか。
それともずっとこうだったのか。

ダサい。

自我統合(追記) - 日記

文章にしっかり残したいという気持ちが強すぎて、どこに書こうか迷っているうちに2年くらい経っていた。

2年は言い過ぎたけど、noteかこのブログか手書きの日記か、うだうだしていた。

手書きは読み返さないということと、完全にプライベートな空間なので伝えようとする意志が希薄すぎるのか、整理して書かれていない文章の羅列になってしまうため、ある程度の目はやっぱり必要、ということで結局ここでいいやという最近です。

どこだっていい。書き残すことが大事。

と思ったのは、何があった、何をした、ということを事細かく覚えていたいのではなく(写真やスケジュール帳で補える)、

この季節にどう考えてどう想っていて感じていたか、そういうことをこんな文章でも書いていた時の方が覚えている気がしたから。

そして、見た映画をリストにしておくアプリを使っていて、感想を書く欄があり、わたしはメモがわりなので感想は書かないに等しいのだけど、一昨日くらいに見た映画のことを書こうとしたらあまりにも書けなくて愕然としたため。

 

昨昨年末から昨年3月まで怒涛の生活で、でももっと言うと心的には昨昨昨年秋終わりからいろんなことが重なり(もっと言うとそんなのずっと続いていてその連続なのだが)、

落ち着かないまま心的にも物質的にもたくさんのことが起き(生きていれば当たり前、、、)

昨年3月に苗字も住所も変わり、「と言っても何も変わらないだろ実際〜」と思っている自分に反して3月に怒涛の本番ラッシュなど終わって4,5月とようやく正気が戻ってきたときには特に生活自体は変わっていないはずなのに「あれ?なんか情緒が不安定だな?」となったり、世の中政治的にも自然界的にもひっちゃかめっちゃかでそんなニュースのせいなのか、気候のせいなのかわからないけれど情緒がとにかく不安定だった。

意外と自分は繊細なのだなぁなどと思った。

あと、低気圧で頭痛くなるとか信じられないと思っていたけど、まんまと自分はそのタイプらしいことが発覚。

 

 

書いていなかった分のこと書ききれないほどあるけれど、それは書かない。

経てなお今現在思っていることを大切にしたい。

 

今年は、という言い方は気が重いので、今はなるべく書いたり読んだりしたい。

そしていろんな人と会っていろんな人の考えを聞きたい。

 

-

インドの女の子が登場する小説を読んでからカースト制のことがずっと気になっていたけれど、昨年末に新婚旅行でモロッコに行きイスラム教の人たちを身近で見て以降、何にも知らないに等しいけれど、知りたい気持ちが強い。

自分が信仰するという意味ではなく宗教について興味が湧くようになった。

はっきりと2014年あたりから。

 

プライベート旅行に慣れてなさすぎてどうすればいいのだっけ?と思うことがありそれも新鮮。

新婚旅行にいく人生になると思っていなかった。

新婚旅行って言っても自分たちで手配するのでただの旅行じゃんと思った。

もし、入籍後初めて行く旅行のことを指すなら、入籍3日後、1人でタイに行った。

ダンスではない、ひとり旅久しぶりだった。

 

10月の名古屋での再演の翌日のトークで「なぜ女性ダンサーだけなのか」という質問を受け、答えながら考えていたら自分はこんなことを思っているのだなとぼんやりわかっていなかったことがわかった気がして、東京に帰ってきて見た北欧(だった気がする)の映画ではっきりとわかったことがあった。

- あと千葉さんの「デットライン」を読んで。-

名古屋関係で忘れたくないのは、渡邊くんとマネージャーであるぎぼさんと会えたこと。

渡邊くんは2011年NY、2016年TOYOTAと一緒になっていて軽く話したことはあったけれどやっとしっかり話せた。

ぎぼさんに作品英語テキストを添削してもらっているときに、日本語をこう言い換えることができる(そうすると訳しやすくなる)ということや、作品のテキストの話、テキストの突っ込んだことを聞かれたり話したりして、そこに渡辺くんもいたことから人によって言い方が全然変わる、捉え方も変わる、自分で書いたテキストのはずなのに言い回しを変えるだけでこんなにも変わる、とことが目から鱗でとても楽しかった。

また会いたい。

同世代の、良い出会いだった。

 

今は2月のコンペの作品に取り組んでいる。

作品の振りを置いておいて普通にHIPHOP踊ったらすごく楽しかった最近。

今日初めて使った稽古場が綺麗で嬉しかった。

徒歩5分のところでなくて15分はかかるけれど。

 

そんな感じで日記再開です。

世田谷の職場の方の帰り道、沈丁花が香った気がした。

家の近所の沈丁花も蕾が付いていた。

好きなので嬉しい。一瞬だけれど。

 

 

 

 


忘れていけ - 日記
8月は横浜と兵庫でTES本番だった。
兵庫では何億年ぶりかに裸足でしっかり踊った。

兵庫の阪急線に乗りながら劇場に向かう時、有名無名問わずとにかく自分が知らない土地にいることが好きなことに気づく。
知らないものを見たい、というわけではなく、自分の生活とは違う生活が必ずあるということが実感しやすいからな気がする。
知らないものも見たいけれど。
久しぶりの関西は空気感が関東じゃなかった。
当たり前か。


昔のこと、海外のこと、ではなくなっていて、こんなにたくさんの人がこの意見なのにどうしてと思うけれど、それよりも多くの人間が反対側にいることを忘れがち。あと、二極化できないことはどうするのだろう。

約一週間ニュースやネットあまり見ず劇場にいて、帰って来て、舞台ってやっぱり特別、で、非現実、だと思った。現実なのだが。


信じられない悲しいニュースを読んで落ち込むということがない日がない。
信じられないことが当たり前に起きている現代。

新潮を読んでいる。

最近のメモ - 日記
ニュースは基本的にはネットが中心なのだけど、マイノリティって自分が思っている以上にマイノリティで、マジョリティや普通とされてきたことって思っている以上に無意識で根深くて恐いなぁと思っているここ数日、落ち込むというより悶々とするニュースが多い。

力によって作られるものだけにならないでいてほしい。

こんな時代だからか、どうかはわからないけれど、その人の芯から湧き出てきたものだけ見たい。


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そもそも普段美術館など行かないだろ、というところでまず引っかかっているので内容うんぬんまで辿りつかない。


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今生きているのは生き残った人がいるから存在しているのだよなという当たり前のことを思った。


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実家にお盆のお線香をあげに帰った。
子どもの頃、白樺を焚くのが好きだった。


ちゃんと日記を書くように取り戻したいけれど、暑さと世のぐわっとした感じで書ける気持ちゼロ。


今は稽古中です。

不思議な○○たち - 日記
ここ数ヶ月の全然書いていなかった期間のメモ的に残っていたものたちの集約。
順不同。


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この前見に行った映画、格言だらけの中で「過去には逆らえないのよ」と言っているシーンと、「みんな相手には変わって欲しくないのよ」と言っているシーンがあり、過去は夢と同じ!という位置づけのわたしからするとナイフでグサグサ刺されまくった。
というよりわたしは自分が変わりたくないのだよね、わがままだから。
でも常に新しくというか新鮮に最新でいたいのですよね。わがままだから。
と思った。
今日割引チケットをくれた子とその映画の話をして、好きじゃないのだけど残るという話だけをしてきた。

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今日はいろいろ思った。
誰がなんと言おうと、ということと、拡声器(マイク)なんて通さないとかいうこととか、自分が何を愛して何をしたいのか。
気付いていたようで気付いていなかったことに最近気が付いた気がした。

何もないではなく、それしかなかったのだなと今更思った。
それが今でも好きで良かった。いや、良かったかどうかはまだわからないけれど。
全然助けてくれたりはしないけれど絶対的な大きさでそこにある。
というかただあるだけ。
というようなことを地元に似た景色を思いながら思った。
好きなように好きなことをして生きていきたい。
いや、ただ風に吹かれて穏やかに生きたい。
つまらなくなるのではなく、瞳の奥に炎が宿っていれば良いという文章。

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過去はクソ。
でもそれは他人それぞれ、わたしの話である。
変わりたくない、わがままだから。
でも常に新鮮な気持ちでいたい、わがままだから。


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過去はクソと言っているギタリストとラッパーがいて過去はクソ、今が最新で最高でいられますように。
わがままだから。


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すぐ忘れていく。
考えていたこと、考えていること、あっという間に忘れていく。


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再演のお誘いを頂いた。
当時を思い返すと2年ちょっとしか経っていないのに、いろんなことがすごく変わった。
イメージしていた場所もきっとすごく変わっていると思うので行く必要がある気がする。
思い返すことは少ない、写真も滅多に見返さない、でも残ってる古い記憶は多い方だと思う。


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珍しく海外ドラマを見た。
ほぼ一気見した。疲弊。
ずっと遊んでいた子たちが大人になっていき関係が変わっていくシーンで、わたしは何かを思い出すとき子どものままでいたいというような気持ちに結局たどり着くので、一人の、子どものままで遊ぼうとしている子に共感したというよりかはその情景が、情景というには語弊があるけれど、寂しいと思った。
たくさん友だちと遊ぶ方では全くないけれど、周りがどんどん変わっていくのが嬉しいのと寂しい。

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現代に始まったことではないかもしれないけれど、内容より評価に流されすぎじゃないか、現代。
〜〜が賞賛、〜〜受賞、〜〜の推薦、〜〜と一緒にやっている、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
わたしが言うと負け惜しみに聞こえるけれど、どこのジャンルも、仕事も、こんなことばかり聞こえたり見えたりする。
本質!本質!本質!ではないみたいです、先生。
そんなことにもやもやしていた時に、ちょうど本番だったので逆に邪念などほぼなく踊れた。と思う。良かった。
そんなようなことを思った日に「パッケージ化されたものしか反応しない人たち」という文章を帰りに見て、うまい表現だと思った。
だいぶ昔に会っていた人に何年か振りに会うと脳がバグる。しかもその人は19.20のわたししか知らないわけで。

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聞いてる時に(特にイヤホンで)、風景がぐわっと広がるような音楽が好き。
ギターは歪んでいて欲しい。
音は大きければ大きいほど良い(爆音浴びたい足りない)


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書き残すことが重要な気がしている。