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ヨコヤマにっき。
ヨコヤマアヤノのにっきです。fafafa〜。
0618 - 日記
終わったら酒を浴びるほど飲みたいむしろ浴びたいと言っていた割に打ち上げで通常量(一般より多めではある)くらいしか飲んでなくしかもその週はほぼ飲んでないことがこの一週間での驚きであった。


諦めの早さは短所かもしれない。


霧っぽいときの橋の明かりは本当にきれいだな。

遠くにいきたい。
あとは静かなところにいたい。
でもどうなっていくのだろうと思う。

過ぎた過去は夢と同じ - 日記
もう一週間も経ってしまいましたがlal banshees『ムーンライトプール』シアタートラム終演しました。
本当にたくさんのご来場頂いた方々、助けて下さった方々、スタッフのみなさん、ダンサーのみんな、ありがとうございました。
ここに書いても何にもならないのだけど。
一人一人に言って回りたい。

リハーサル期間中の時間の早さもえげつなかったけれど、終わってからの一週間も早かった。
ようやく片付けが終わって、でも事務的なことがまだ終わらない。
部屋に電球が貸し出しできるくらいのすごい数がきた。
部屋が広くて助かった、、去年の地獄の引越しがようやくここにきてありがたく感じる。
良い意味でも悪い意味でもどちらでもなく、夢というより幻のような本番(&稽古期間)だった。
いろんな事務処理が終わった時に書く気持ちになったら書くと思う。
とにかく終わったんだ。



今週一週間は早かったというよりただ脳が死んでたのかなという感じだった。
昨日はオザキさんの展示を見に行った。
公演のお客さんが展示にも行ったらしく嬉しい。
オザキさんの絵はわたしが初めて見た2013年から少しずつ変わってきているけど現在のもかっこいい。
わたしはこんな人に描いてもらえてラッキーだなと思った。


今日は小津4Kを観に行った。
水曜に観に行った映画が脳が死んでたせいなのか映画自体がなのかはわからないけれど(どっちもだと思う)、入ってこなくてちょっと心配だったけれど小津作品全くそんなこと関係なかった。
小津さんDVDでもいいのかもしれないと思っていたけど今日スクリーンで観てでかいスクリーンで観た方が当たり前によかった。テレビ画面で観た他のものより美しいなと思った。モノクロなのに。
カラーだとどうなってしまうのだろう。
せっかくなので小津4K他のも観に行きたい。
とにかく素晴らしい映画だった。
小津さん、あと修復してくれたアメリカの会社ありがとうございます。
本当にかっこよい。


美術の片付け兼ようやく衣替えをした。
ようやくわたしの洋服の季節が動いた。



ただ見守って放ったらかしてくれていた家族や近しい人たちの優しさが身に沁みた。
当日制作いつも手伝ってくださってる方と打ち上げの明け方に初めてゆっくり話をした。話したことずっと忘れないと思う。


花の良い匂いがする。6月か。

月の裏側見えない - 日記
キューシート終えた。
終えてないけど。

やりたいこともしかしたらすごく地味で少ないのかもしれない。と思った。
ラスト、ピンときてなかったけど文字にしたらしっくりきた。
まだまだ変えて行きたい。
明日、というか今日スタッフ見せ。
バタバタしている。

0515 - 日記
2時くらいかなと思ったら4時でしかも外が明るい。

稽古場兼作業場兼寝泊まりできるみたいな場所が欲しい。
オラファーエリアソンスタジオ(名前知らない)とかパーツとかはそれに加えて美味しい食堂まで付いてる(ビーガンだけど)いいなぁ。パーツは学校だけど。
今日は一曲練習用にまとめた。
集客のこととか考えるときりきりする。
作品はきりきりせずしっかり楽しみたい。まだまだだが。

0508 - 日記
帰りの公園で紫蘇の匂いがした。
紫蘇ジュース誰か作って欲しい。
今年も梅漬けられず。
誰かつけて欲しい。

迷ってるときは大体良くないので迷いを明確にしていく。ためにユニオンに行ってどうしても必要なCDを購入。
更に迷う結果になった。
名監督たちのバイタリティすごい。



0507 - 日記
トレーラー今日だけしか作業したくないです、ということで意地で終わらせた。
特に凝っていないし編集もわたしの限界だけど、公演終わったら映像用に少し変えてちゃんと撮ろうねと思った。
今はさすがに見れてないけどここ半年のイカれた映画監督たちのおかげでさくさく進んだ。

ぶっ通しでやっていたので編集終わってベットの上に休憩したらいつの間にか寝てた。
外が薄っすら明るくて青い。
雨の日の明け方。
一ヶ月後。先のことなのに後と書く。
先のことを想像するのは月にいる気分だな。

ワルツを踊れ - 日記
稽古期間が突入する前に買った小説が何だか全然読み進められなくて最近はそれどころではなかったので手をつけていなかったのだけど今日電車で読み切った。
読み進められないのは面白くないというわけではなくて、何も起こらないむしろ起きた後、に更に状況が自分に重なる、わかるけどそこを言葉に置き換えたことがなかったなと思うことが延々と書かれていた。
東武東上線から荒川を渡り、不意に川が視界に入ってきて一瞬心が軽くなりまた戻る、また川が見えたら明日から仕切り直して頑張ろうと思ったが川は二度と現れなかった
というような一節があり(文章結構違う)、ここだけで読んでよかったなと思った。

千住に向かう方面を久しぶりに行った。
その時通る橋からの眺めが一番好きだな。





れら - 日記
どこも繋がっていなかったのに(頭の中では繋がってた)、無理くり前半を通した。
寝ながら考えると閃いても翌日すっとんでる。


雨の朝です - 日記
何でこんなに作ってるのに尺が大してないように感じるんだろうと最近ずっと思っていたけど、ほとんど早い曲ということがさっき歯を磨きながら発覚。アホ。
説明の時間があまり取れていなくて申し訳ない気持ちと、自分はやり方なんて本当にどうやってもできない時にしか聞いたことない(リハでは)だからできるはず、という極端な気持ちが存在してる。
でも自分の当たり前は全く通用しなかったりする。
全く関係ないが衣装まちちゃんと打ち合わせ中この話題になったときに、まち巨匠は「ダンサーなのに踊れないで稽古場きたらダメじゃない?」という超スーパーウルトラ真っ当なことを言っていた。本当にそうだと思います。
わたしは東京ELECTROCK STAIRSもといKENTARO!!さんのところで踊っていなかったら今の自分の当たり前は果たして日本でダンスやっていたら身についていたのだろうかと思う。
でも恐らく自分より若い子にはそういう普通もあるのだよとわたしが教えてあげる番(ここでは)なのかもしれない。
ふぁ〜〜ん。
実際どっちでもいいのだけどわたしのところでは申し訳ないのだけどわたしの普通を通させていただきたい。
作るのと踊るのは大丈夫なのに教えるのが嫌いってどうしてこう物事ストレートに結びつかないのか自分。

技術は限界がある、気力が作品に映る。
という話を聞いてぐっときた。

人って変わるな、と思っているけど、もしかして変わったのは自分なのかもなと思った。
そろそろ自分のところも作っていって踊りたい。

世界、構築しましょう - 日記
数日録音したり衣装の打ち合わせをしたり自主練で一人になったり二人になったりして立て続けにいろんな人と話した。
自分ができないことを助けてくれる他の分野の人たちの作業を見たり話したりしていると自分は無能なんじゃないかという気持ちになる。
無能なんだけど。


自分の作る癖だと絶対にとらないカウントの取り方で構築した振りを練習すると自分で作ったものなのにすんなり覚えられなくて発狂しそうになった。
テクニックが特殊というよりカウントがいつもと違う方が覚えられないということを学んだ。
こんだけ振りが詰まっているのに2分ですか!というパーツがたくさんある。
ダンサーずLINEにオススメというかわたしの好きな映画監督たちをリンク付きで投稿したのに対して全スルーだったのが余裕のなさなのか映画興味ないのかどっちなんだろう。
このタイミングでそんな話題を出すなと思われているかもしれない。


意味がないとなると面白いことが無限になる。
意味をつける意味とは。